タイバーツ紙幣の肖像画を知る事でタイの歴史がひと分かり?

サワディーカー!LABタイ語学校です。

タイの日常生活でよく使用するバーツの紙幣だが、タイの紙幣の肖像画を気にしたことはあるだろうか?タイの肖像画の人物を知り、肖像画の歴史を知る事でタイの歴史まで分かるようになりますよ!

 

1 .タイのバーツについて

バーツの通貨は ”バーツ” と ”サタン”  があり基本的にはバーツかタイバーツと呼ばれてます。現在の紙幣では20、50、100、500、1000バーツの5種類が発行されています。タイバーツは日本円でおよそ3分の1くらいの金額です。(1バーツ=3円くらい)サタンはあまり使用されないと思いますが、サタンはバーツの100分の1なので、1バーツ=100サタンということになります。

左から紙幣によって横の長さが違います。20バーツ(137mm)、100バーツ(150mm)、1000バーツ(162mm)

表面

裏面

 

 

2 .歴代の肖像画の人物

プーミポン王国 ラーマ9世(5種類すべての旧表面)

ラーマ9世、通称プーミポン・アドゥンヤデート(1946年6月9日ー2016年10月13日)という。1927年12月5日、アメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジで生まれました。1946年6月9日に兄・ラーマ8世が怪死したため、兄王の崩御の12時間後にタイ国王に即位。その後すぐにローザンヌ大学へ復帰し、1952年に本国に還御しました。2011年の東日本大震災のときには、被災地に3,000万円の寄付をしたり、ラーマ9世と日本の皇室は歴史的に縁が深いことがわかります。日本の方であれば是非覚えて頂きたい人物の一人です。

ワチラーロンコーン王国 ラーマ10世(5種類すべての新表面)

ラーマ10世、通称ワチラーロンコーン(1952年7月28日ー)という。1966年からイギリスへ留学しキングスミード校およびミルフィールド校(サマーセット)で修学した。1970年にはオーストラリアに留学しキングス校(シドニー)で豪陸軍予科課程を修めた。全世界の31名の君主の中でも「世界一裕福な王」として知られ、米エグゼクティブ向け雑誌によれば資産は430億ドル(約4.6兆円)で、イギリスのエリザベス2世女王の80倍とされる。*現在の君主の一覧参照 これらの事から若い時から海外へ留学し勉学したことも分かり、資産についてはインパクトがあり覚えやすい人物だろう。

ラームカムヘーン (旧20バーツ紙幣)

インタラーティット(小タイ族を中心とするタイの最初の王)から戦功を称えられて「ラーマのような強者」を意味するラームカムヘーンの名を与えられた。広大な領域を支配する大国に発展させた王でした。その業績からタイ史上最高の王(タイ三大王)の1人に数えられ、大王(マハーラート)の尊称で呼ばれる。特に気になるのが、民衆に仏教の教えを説くことともに、自身も寄進を行い、僧侶たちの説法にも耳を傾けたと言われています。この考え方は現在社会にとっても必要な考え方の一つだと思う。

プッタヨートファーチュラーロークトーン王国 ラーマ1世(新20バーツ紙幣)

ラーマ1世、通称プッタヨートファーチュラーロークトーン(1737年3月20日ー1809年9月7日)と言い、ラーマ1世の称号はラーマ6世によって制定されたものである。数回に及び進軍してきたビルマを駆逐し、国内を安定させた。国内が安定してくると、『三印法』(仏教において三つの根本的な理念を示す仏教用語である)を整備し官制度を整備した。ちなみに観光地と知られるワット・プラケーオ(エメラルド仏寺院)も彼の建設によるものである。ワット・プラケーオを観光した際には是非、紙幣を見て思い出してほしい。*旧500バーツ紙幣にも載る

プッタルートラーナパーライチム王国 ラーマ2世 (新20バーツ紙幣)

ラーマ2世、通称プッタルートラーナパーライチム(1767年2月24日ー1824年7月21日)でラーマ1世の息子である。ラーマ1世に連れ添われて、戦乱にでていくことが多かったため、戦争も比較的得意だったとされる。ラーマ1世が破壊したワット・スタットの修復をしたときに門に彫刻を行った。

ナレースワン大王 (旧50バーツ紙幣)

大王と称せられ、また黒の王とも呼ばれており日本語では「ナレースエン」とも表記される。ビルマで軍事を学んだナレースワンは独立を目指してタイの武力強化を進めたことが知られている。タイの歴史においてタイに貢献した人物は「大王」と称される。歴代で王は7人いて「タイ三大王」の1人と呼ばれている。

チェーサダーボーディンタップ王国 ラーマ3世 (新50バーツ紙幣)

ラーマ3世、通称チェーサダーボーディンタップ(1788年3月31日ー1851年4月2日)ラーマ2世の息子である。功徳のため貧困層の人民に食料を配給したり、動物を人間の手から解放したりしたり、世の中の安定によってインフラの整備を精力的に行なっていた。人情のあるラーマ3世だと分かります。*旧500バーツ紙幣にも載る

モンクット王国 ラーマ4世 (新50バーツ紙幣)

ラーマ4世、通称モンクット(1804年10月18日ー1868年10月1日)ラーマ3世の息子である。学業専念のために兄に王位を譲り学問を続けて、ラーマ4世(モンクット王)は独学で学んだ天文学によって日食の場所・時刻を発見したと言わせています。このラーマ4世の様に最後まで学ぶ意識を持つ事は大事だと思う。

タークシン王 (旧100バーツ紙幣)

タークシン王(1734年4月17日ー1782年4月6日)は文化の面で業績を残しており、アユタヤ王朝末期に散逸した文献の収集と整理にも力を入れた。寺院ワット・アルンラーチャワラーラームを修復するなど仏教も手厚く保護した。

チュラーロンコーン王国 ラーマ5世 (新100バーツ紙幣)

ラーマ5世、通称チュラーロンコーン(1853年9月20日ー1910年10月23日)という。学校教育を開始電話業務を開始や各地の王を廃止し、中央集権国家を作り上げなどを行なった。1999年にはアメリカのタイム誌で、今世紀もっとも影響力のあったアジアの20人の1人にタイ人から唯一選ばれた。ラーマ5世がやり遂げたことは現在の生活にも使用していると分かる。*旧1000バーツ紙幣にもにも載る

ワチラーウット王国 ラーマ6世 (新100バーツ紙幣)

ラーマ6世、通称ワチラーウット(1881年1月1日ー1925年11月25日)という。義務教育制度導入し発電所水道施設ドーンムアン空港プット大橋を整備した。近代化によるタイ語の語彙の不足を補うため、新たに単語を作りだした。

プラチャーティポック王国 ラーマ7世 (新500バーツ紙幣)

ラーマ7世、通称プラチャーティポック(1893年11月8日ー1941年5月30日)という。ラーマ6世が持っていた様な政治的基盤を築く暇がなかったため、政治的基盤が薄く、ラーマ7世は旧勢力の王族と、官僚の間で苦悶することとなった。目の病気を理由にイギリスへ逃亡した。

アーナンタマヒドン王国 ラーマ8世 (新500バーツ)

ラーマ8世、アーナンタマヒドン(1925年9月20日ー1946年6月9日)という。1935年ラーマ7世が退位するとタイの国会の決定で即位したが第二次世界大戦が終結するとともにスイスでの学業を終えると帰国したが、翌年変死を遂げた。

 

 

3 .肖像画の共通点

肖像画の共通点として一番に挙げられるのが、ラーマ1世〜ラーマ10世まですべての人物が肖像画として使用されているタイ国王(ラーマ)だろう。タイという国で国王の偉大さが紙幣によって分かる。その他にはタイの歴史を変えたり、王国の発展に力を注いだ人物が肖像画になっている。タイバーツ紙幣の肖像画を知ることでタイの歴史も知る事になるだろう。

 

 

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